後になりましたが、いよいよ1時から、鵬雲斎大宗匠様、栄光館壇上にご登壇です。なんと94 歳のご高齢にもかかわりませず、背筋まっすぐ、足取りも、前列にすわっている、大学生さんたちと変わらぬお姿であられました。
本日は濃紺のスーツ姿で、満場一致の拍手です。
裏千家の御曹司にお生まれになられ、学徒出陣になられるまでは、茶家の道一筋に、また体力つけるため馬術も身につけられ、今も日本馬術クラブの会長なさり、現在も、時々厩舎に行かれ、愛馬にのられておられて、常に体力鍛えておられるそうです。
どうして、一子相伝の跡取りであられるのに、特攻隊に志願なさったのか?詳しくお話くださいました。
嘉代子ご母堂のお気持ちお察しいたします。
徳島の部隊での、終戦までの日々のお写真スライドでみせていただきました。
私は、ハワイセミナーなどでも、何回かお写真や、スライド見せていただきましたが、本日の講演では、お茶の道とのつながり、納得いくように、おはなしくださいました。
飛行機で、今や飛び立とうとする寸前に、終戦を迎えられ、
無事裏千家の門前に帰還なさり、土下座して、『申し訳ございませんでした』と長く手をついて、ご両親様におわびなさった昭和20年の夏、複雑な思い全身に浴びられての、帰還だったことでしょう。その頃私は何にもわからない、5歳でした。
その後何年か、戦地で亡くなられた、おおくの戦友を思い
辛い毎日を過ごされ、心に整理ついた頃、大徳寺での禅宗の生活はじめられました。禅寺の和尚さんの日々をお話くださり、なんと裏千家の御曹司様が、よくど、耐えられたものと、今こうしてお元気に講演なさるお姿を眩しくかんじました。
まだまだ書きたいですが、きょうはこの辺で、出稽古ありますから、失礼いたします。
大きな存在であられますのに、会場前では、お側を囲むように、あつまって来られる、人々に、ひとり一人握手をなさっておられ、お迎えのお車も、中々発車できない状態でした。
講演でも、水も口になさらないで、本当にお疲れ様でございました。 早く休養取られますようにと、手前で、お祈りいたしました。
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